スサノオ スサノオウ?

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日本の神話に出てくる、スサノオ

天照大御神の弟のスサノオって荒神でありながら和歌まで詠んでしまうという文武両道な神様。

について独り言をします。

スサノオについて考える

天照大御神の弟とされていて、誰もが知っているエピソードは八岐大蛇い酒を飲ませてやっつけて

しっぽから草薙剣を取り出して、三種の神器のうちの一つとなって熱田神宮の御神体になっている。

というので、恐らく大体の日本人なら知っているのでは?と思います。

スサノオは誰だったのか?

古事記や日本書紀は伝説がそのまま現代にまでつながっています。

スサノオは須佐之男命、素戔嗚尊などで書かれています。

何とスサノオはスサの国の王であって、一人ではなかったという説。

面白いですよね?

 博耀さん

表 博耀(おもて ひろあき)さんがネット番組のCGSで話されているのを聞いて、何となく腑に落ちなかった部分が納得できた気がします。

でもこれは、一般的に言ったら

あんた、そんなわけないがや~。(名古屋弁になってしまった。。。)

とある意味トンデモ理論とも言えるのですが、聞けば聞くほど

なんだ~、そう考えればどーらーわかりやすいがね~

となります。

簡単に言うと

須佐之男命、素戔嗚尊は「スサの王」であり、一人ではなかった。

アケメネス朝ペルシャの政治上の都が「スサ」だった。

もっと遡って紀元前4000年頃からスサと言う都市はあった。

現在のイランに「スサ」という都市が存続している。

この古代メソポタミアあたりから、やてきたのがスサノオ=スサノオウ=須佐之男命=素戔嗚尊だったと。

凄い話です。じゃぁ僕らはペルシャ人の末裔か?となりますが、どうなんだろう?

表先生の仮説

  • 数万年前まで、かなりのレベルの文明が存在した。
  • その文明は、理由は分からないが滅んでしまった。
  • その文明は、どうやら日本にもあったようで、メソポタミアに移住していったグループもあった。
  • 長い年月をかけて、大陸経由、南方経由で戻ってきた2つのグループがあった。
  • 大陸経由で戻ってきた、グループはスサノオウに率いられていた

ざくっと説明するとこんな感じです。

古代文字

漢字でもひらがなでもない、古代文字は見たことあるでしょうか?

神代文字と言われていて、古代日本で漢字伝来以前に使われていたと言われている文字です。

神代文字

wikipediaより

こんなのです。

つまり日本には、ちゃんと文字があったということになります。

何で学校では、そのことを教えないのかなぁと疑問です。

古事記のこともしかりです。

再びスサノオ

話が少しそれてしまったので、元に戻します。

メソポタミアから、移住または戻ってきた?人々を束ねていた役職が

「スサの王」

なので、特定の人物ではなく、その役職についた人となると仮定すると

須佐之男命、素戔嗚尊は何名かいたと考えるのが妥当だと思います。

そのため、時に荒神のようであり、時に和歌を詠む文人でもあるのだと考えられます。

色んなタイプの王がいたということですね。

まとめ

不思議すぎて、まとめになるかどうかですが。。。

最近の研究で、古代に高度な文明が存在したことが少しずつ分かってきています。

縄文土器は、かなり精巧で弥生式土器より完成度が高かったとも言われています。

古代史や神話の研究は、もっと日の目を見るべきだと、最近思います。

僕も古事記は、ただの伝説でそれが現代に繋がっているとは全く思っていませんでした。

ギリシャ神話は良くて、古事記には価値がないという刷り込みをされてきたようで

やっと色々な意味で、戦後教育の呪縛から逃げることができたと、ここ数年で思えるようになりました。

最後にスサノオが詠んだとされる、日本初の和歌を引用します。

八雲立つ 出雲八重垣 妻籠に 八重垣作る その八重垣を

やくもたつ いずもやえがき つまごみに やえがきつくる そのやえがきを

意味)雲が幾重にも湧く出雲の地で、妻との新居によい場所を見つけた。妻のために垣根を幾重にも作ろう。

sukezo

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豊かな人生ををテーマに、情報発信していきます。
ギター歴30年以上、ヘタレなバイク好きです。

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